日本へ向かう夜
いよいよ、初めて直接子どもに会うために、日本へ帰国する日がやってきました。
飛行機は深夜2時、クアラルンプール発。
仕事を終えて一度家に帰り、最後の準備をしてから空港へ向かいます。
男一人、正直これといった荷物はありません。
ただ、マレーシアへ戻ってくるときに、今後使う離乳食や子どものおもちゃなど、
いろいろ持って帰れたらよいかもしれない。
そう思い、念のため20kgの預け荷物を追加しました。
大して入っていない大きなスーツケースを持ち、
少し余裕を見て21時ごろにGrabを呼び、空港へ向かいます。
ワーホリなどで海外に行っていたのも、もう10年以上前のこと。
それから長い間、国際線に乗る機会なんて全然なかったのに、
今こうして、自分の子どもに会うために一人で国際線に乗ろうとしている。
なんだか感慨深いものがありました。

空港までの道が混んでいたらどうしよう、などと心配もしていましたが、
何事もなく22時ごろには到着。
早すぎた。。。
なんにもやることがありません。
なんなら早すぎて、荷物のチェックインすらできませんでした。
Starbucksなどやっているお店もあるのですが、
これから飛行機で寝ておきたいというのと、お腹も空いていなかったので、
なんとなく空港の中をぶらぶらすることに。。。

「こんなところに座る場所があるんだぁ」
などと思いつつ、やっぱり暇。
結局、ただただぼーっと搭乗までの時間を過ごしました。
夜中の便とはいえ、関西行きの便は限られているためか、
座席はだいぶ埋まっている様子でした。
AirAsiaの機内は、前も後ろもきつきつ。
そして、とにかく寒い。
夜の便は寒いことがわかっていたので、上着も持ってきましたし、
マスクもきちんとつけていました。
ところが、想像以上に寒い。
もっと厚手のものを用意すればよかったと後悔しました。
そして、もっとやらかしたのが充電器周りです。
モバイルバッテリーの扱いがいろいろ厳しくなっているのは知っていたものの、
機内で充電に使えないというのは盲点でした。
搭乗前が暇だったので、Netflixなどスマートフォンを結構使っていました。
「機内で充電すればいいやー」
と思っていたので、すでにバッテリーの残量は赤信号。
寒いし、スマートフォンも使えない。
とにかく寝るしかありません。
熟睡はできませんでしたが、うとうとしているうちに到着時間が近づいてきました。
そこで、ふと目が覚めると、喉に違和感が。
やってしまった。。。
子どもに会う前に、どうやら体調を崩してしまったようです。
それだけは避けなければと思い、上着を持ち、マスクまでしていたのに。
ダメでした。
初対面
約1年ぶりに日本へ降り立ちましたが、気分はすぐれず。。。
幸い、高熱などが出ているわけではなかったので、
なんとか義実家にたどり着きました。
そして、ようやく我が子との初対面です。
少し頭がぼーっとしていましたが、モニター越しでしか見たことのなかった、
薄っぺらい我が子が、きちんと立体感をもって、温度をもって、
目の前で寝息を立てていました。
思っていたより何倍も小さく、何倍もか弱い。
それでも、きちんと一つの生命として存在していました。
じーっと見ていると、妻から、
「抱っこする?」
と言われ、少しビクつく自分がいました。
身近に乳児があまりおらず、こんな小さな子どもに触れる機会はほとんどなかったのです。
どのように抱っこしたらよいのかもわからず、軽くレクチャーを受けてから、
私の腕の上に乗せてもらいました。
いつもと違う雰囲気に違和感を覚えたのか、
子どもは腕を動かしながら泣き始めました。
腕を動かすといっても、力はほとんどありません。
少し力を加えただけで、簡単に折れてしまいそうなほどでした。
首もまだすわっていないため、ガクンガクン。
正直、少し怖いという感情もありました。
それでも、この子を離してはいけない。
そんな責任感のようなものが、同時に芽生えてきたことを覚えています。
とはいえ、泣き始めた我が子を前におろおろ。
結局、妻に戻しました。
正直なところ、まだまだ我が子との距離感がつかめず、
どう接したらよいのかわからないままでした。

初めてのおむつ替え
泣いている子どもを、おろおろしながら妻に戻したのもつかの間。
ここから父親業の始まりです。
まず、そろそろおむつを替える必要があるとのこと。
「やってみる?」
と聞かれましたが、私はこれまでおむつを替えたことなど一度もありません。
とはいえもちろん、嫌ですと言えるはずもなく、
「とりあえず教えてくれ」
ということで、まずは妻にご教示いただくことにしました。
やること自体は、なんてことありません。
新しいおむつを下に敷き、今つけているものを外す。
お尻を拭いて、汚れたおむつをくるくると丸める。
新しいおむつをきちんと締めて、ギャザー?とやらを外に出す。
最後に服のボタンを留めれば終了。
ただ、初めてだとこれがなかなか難しい。
そもそも、赤ちゃんの服には私が想像していた何倍ものボタンがついています。
パッチンと留める、あのボタンです。
外すのはよいのですが、どこをどう留めたらよいのか、さっぱりわかりません。
おむつを留めるときも、
「漏れちゃダメだから、思っているよりギュッとやっていいよ」
と言われました。
でも、こんなにか細いお腹に、私がそんなにギュッと締めてしまって大丈夫なのか。
締まりすぎてしまうんじゃないか。
そんなことをいちいち考えてしまいます。
しかも、こちらがあれこれ考えている間も、赤ちゃんはじっとしてくれません。
もちろん、力で負けるわけではありません。
でも、子どもが動かそうとしている足を力ずくで止めるのは、
やはり何かが壊れてしまいそうで怖いのです。
そんなこんなで、初めてのおむつ替えには、なかなか時間がかかりました。
夜中の「ふぇ〜」
初めてのおむつ替えを終えましたが、次に何をすればよいのか、
逆に何をしなくてもよいのか、さっぱりわかりません。
結局、妻の指示に従うばかりでした。
といっても、授乳は母乳なので、私が直接できることも、そこまでないのですが。。。
あっという間に時間は過ぎていき、夜になりました。
まだまだ上手に寝かしつけられない私は、途中まで頑張ったものの、最後は妻にバトンタッチ。
寝かしつけてもらいました。
それから2、3時間後。
「ふぇ〜」
という泣き声が。
私もなんとか気づきましたが、妻はおもむろに母乳をあげ始めました。
そして、寝かしつけたと思ったら、また2、3時間後。
「ふぇ〜」
先ほどと同じような泣き声です。
そして妻も、先ほどと同じようにおもむろに母乳をあげ始めました。
赤ちゃんというのは、こんなに夜中に何度も起きるものなのか。
そして、親もこんなに何度も起こされるものなのか。
何より驚いたのは、妻がすでにその生活に順応していることでした。
3週間遅れの父親
そして、ふと気づきました。
母乳で育てるということは、子どもが夜中に起きるたびに、
妻も目を覚まして授乳しなければならないということです。
もちろん、母乳で育てることを私が勧めたり、強要したりしたわけではありません。
でも、そうすることで妻がどんな生活を送ることになるのか。
そんな当たり前のことにさえ、私は気づいていませんでした。
目の前では、妻が当たり前のように授乳をしています。
きっと、私にはまだまだ見えていないことがあるんだろうなぁ。
妻は、子どもが生まれたその日から、母親としての毎日を過ごしていました。
一方の私は、3週間遅れで、ようやく父親としての生活が始まったばかりです。
もちろん、マレーシアにいたのだから、仕方のない部分もあったのかもしれません。
それでも、目の前で当たり前のように子どもに向き合う妻を見ていると、
ただただ頭が下がる思いでした。
妻だけでなく、世の中のお母さんたちにも。


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